日本パラスポーツ看護学会
(旧:日本障がい者スポーツ健康科学看護学会)

趣意書

 障害者のスポーツと聞くと、まず最初に、2020年に開催が予定されているパラリンピック東京大会が思い浮かびます。このような障がい者のスポーツは、1950年代後半から医療の一環として、医療現場で始められました。当時、太陽の家を設立した大分県の中村病院は、障がい者がスポーツをすることへの社会からの批判にも屈せず、「大分別府車いすマラソン」を開催し、成功を修めました。その後は、国内外で、障がい者を対象とした様々なスポーツ大会、例えば、アジアユース、アジアパラリンピック、パラリンピックが開催され、また、大会が増えるに伴い、障がい者がスポーツをすることに対する社会の理解も広がっていきました。その間、看護師は、医療現場から大会に帯同され、医務班として障がい者の健康管理・日常生活管理を担ってきました。
 障がい者のスポーツを支援する団体として、日本障害者スポーツ協会が、1964年のパラリンピック東京大会を契機に、1965年に厚生省(現 厚生労働省)の認可を受けて設立されました。現在、三障がいすべてのスポーツ振興を統括する組織として、また国際舞台で活躍できる選手の育成・強化を担う統括組織として位置づけられています。この協会の研修により、障がい者スポーツドクターや、PT・OTの資格を有するスポーツトレーナーが誕生しました。しかし、看護職を対象とする研修は、これまで企画されませんでした。
 現在、障がいを持つ人々を支える看護というと、リハビリテーション看護が存在します。しかし、社会復帰のためのリハビリテーションを行う時期から、将来の日常生活を豊かにするためのスポーツ、競技としてのスポーツを念頭に置きつつケアすることを役割とする看護職は存在しません。スポーツに取り組みたいと考えている障がい持つ人々の健康上の問題への対応や医療処置の実施、スポーツに取り組む障がい者を支える家族や支援者の方々への健康教育や相談への対応、障害者スポーツを支援する専門職との連携や情報共有など、障がい者のスポーツに関する健康の維持・増進を、日常生活全般を視野に入れて科学的に支援することは、正に、看護職の役割であり、そのような看護職の養成は、急務であると言えます。
 また、看護におけるアドボカシーの役割として、スポーツに取り組む障がい者やその支援者の方々の努力や苦労など、これまで公にされてこなかった当事者の思いを社会化していくことも、重要な取り組みといえます。
 以上、障がい者のスポーツに関する日常生活全般を支援できる看護職の専門性の確立と育成、および障がい者スポーツに取り組む当事者の思いの社会化を柱とし、私どもは、日本障がい者スポーツ健康科学看護学会を設立いたしました。

2018年(平成30年)3月10日
学会設立発起人5名